チンチョンの教会

「アホスープでも食べに行こう!」と、唐突に声をかけられた。
オマケに「オートブスで、バッカの店にも行けるよ」という。
日本語の響きにすればかなり微妙〜に聞こえる言葉に
一瞬、大丈夫かな・・・と思った。


スペインの首都マドリッドの南東50キロ
市内から車で約40〜50分ほどのところに、その村はあった。
アランフェスに行くついでに「ちょっとだけ足を伸ばせば」と
現地に暮らす方が、お勧めの場所へと誘ってくれたのだ。
「マドリーもいいけどね、チンチョンはもっといい」と言った。


「ここで一杯、どうです? お勧めのお酒があるんです」と
パラドールと呼ばれる元修道院を改装したホテルのラウンジに案内された。
グラスに注がれた透明の液体。
ひと口含んで、ぎえ〜〜〜〜〜!と口から炎をはきそうになった。
チンチョン名物のアニス酒:CHINCHON(ジャガイモが原料だというけれど…)
独特の風味が面白くて、免税枠ぎりぎりまでの量をミニボトルで買った。


シエスタが始まると厄介だから」と早目のランチを促され
にんにくスープとスペイン風オムレツ、牛肉の煮込み料理をいただいた。
村のマヨール広場に着いたとき、商店はみなシエスタタイムでcloseしていたが
ガラスの窓越しに覗いても、欲しいものは何もなかった。


腹ごなしもかねて、招かれるままに丘を登っていったら
大きな古い教会があらわれた。中は、がら〜んとした大きな空間。
なにやら有名な絵画があると言っていたが
むしろ大掛かりな補修作業が目についた。


外に出てボーっと景色を眺めていたら
「ね。な〜〜〜んにもなくて、いいところでしょう」と言われた。
つくづく、おかしなことを言う人である。
でも、今まで感じたことがない、不思議な感動があった。
 ―もう、ふた昔以上前の話である―


結婚後、在マドリッドで画家をしている夫の従兄に会いに行った。
休日にどこかに連れて行ってくれるという。
迷わずにチンチョンをリクエストした。


あちこち立ち寄ったあと、チンチョンに到着。
既に日が傾いていたが、どうしてもあの教会に行ってみたくなった。
坂を上り、教会の扉を開けると
薄暗くなった会堂内に補修機材が積んであるのが見えた。
まだまだ修復は続いている様だった。
村のバールで小さな貝をつまみに名物酒を飲みながら、従兄が言った。
「何も見所はないけど、いいところだよね」
 ―ひと昔前の話である―


その従兄が個展で日本に来たとき
チンチョンの教会を描いた絵を一枚、持ってきた。
安いものではなかったが、初日に画廊に行き、迷わずに買った。


その絵を見ながらふと考えてしまう。
 ―今は、どうなっているのだろう―
もう一度あの丘に登り、教会を眺めながら今度は私が言ってみたい。
「ね。な〜〜んにもないから、いいところだよ」って。

      ・・・え?アホスープにバッカはどうしたって?
      勿論、美味しく食しましたよ。「にんにく」スープも「牛肉」も。