Hot or Cold?


知人から、手作りの「らっきょう」をいただいた。
自家栽培したらっきょうを収穫し、きちんと手間ひまかけて漬け込み
十分に味がしみこんで食べごろになったから、と
わざわざ届けてくれたのである。


家族で食べるには、十分な量があった。勿論、無添加・無農薬である。
ひとつひとつ粒が大きくて、絶妙な酸っぱさと甘さがある。
やはり既製品とは違うわね〜と、毎日大事にいただいた。


数日経って大分量が減ってきたので、保存容器に移し替えた。
そのまま冷蔵庫で保管しておけば、しばらくはもつであろう。


さて、その夜は私の帰宅が大幅に遅れ、夫の夕食と片付けは
彼が自分ですることになった。
そして夫はいつも、弁当持参で出勤する。
ラッシュの電車に、ご飯とおかず一体型の幅広の弁当箱を持ち込むのは
何かと不都合なことが多いらしく
あえてご飯とおかずを分けて、普段使いの細長い保存容器に入れていく。
家で使っているものと区分けするため、弁当用にはシールを貼付してある。


彼の仕事柄、昼休みはありそでなさそで…なので
毎日、ウィンナーと卵焼きだけのおかずでもいいから、と
(実際、そんなことは一度もないが)とにかく「弁当持っていくー」のである。


今でこそ、無駄な労力は費やさないが
夫の「弁当持ち」を利用して、随分と私も楽しませてもらった。
とりそぼろをご飯にかけて、にんじんを花型に抜き
さやえんどうを葉に見立て「花畑弁当」にしてみたり
透明のプラスチックコップに段々で層を作り、変わりちらしにもしてみた。
結婚記念日にはピンクのでんぶとプチトマトで
弁当箱一面に大きなハートマークを作ってみたりした。


また、些細なことで大きな喧嘩になった時など、海苔を鋏で切り取って
「どアホ!」と白飯の上に文字を描き、特製のり弁を作ったものだ。
だがこれは、ご飯の熱気で海苔が弁当箱のふたにはりつき、大〜失敗!
夫は何も細工のない白飯を、かえって不気味に思って食べたらしいが
以来、言いたいことは、ふりかけで直接白米に書くことにした。


夫は何度かそうした弁当をチラ見され
「おぉ、愛されてるねぇ〜」なんて上司からちょっかいを出されたらしく
職場で昼食をとる時、周りにいる人の目をとっても気にして
弁当箱のふたを、そ〜〜〜〜〜っと開けるようになったとか。


さて、「その夜」の話の続き〜。
夫は元々ものぐさなタイプの様で、興味のないことは相当適当に済まてしまう。
夕食もレタスをナイフで半分に切り、ざっくりちぎって水洗いし
鬼の居ぬ間に…と、大好きなマヨネーズをかけまくって食したらしい。
あとは冷凍コロッケをチン!だ。


食後に余ったレタスをおかず用容器に詰め
「明日は途中でもう一品買うから」と冷蔵庫に無造作に放り込んだ。


翌朝、夫の出勤を見送り、冷蔵庫を開けて「ん…?」と思った。
前夜、彼が持っていくと言っていた「レタス」を詰めた容器が残っている。
あらまー、急いでいたから忘れちゃったんだ〜と、その時は気にも留めなかった。


悲劇は、彼の昼休みに起こった。


いつもの様に、夫が弁当を職場のレンジで温めていた時
尋常ではない香りが職場中に漂ったという。
なんだなんだ!?と集まってきた人たちの目に入ったのは
レンジの中でホッカホカに温められた「らっきょう」であった。


そろそろ温まったかな〜と、給湯室に戻ってきた夫は
自分が温めていたものは「ご飯」と信じきっていたし
まさか、「レタス」と間違えて「らっきょう」と持ってきていたとは
夢にも思っていなかったらしく
上司や同僚に「…オマエ〜、奥さんによーく謝っておけよ〜」と
かなりの同情の目で見られたらしい。(し、失礼な…!)


帰宅して夕食を食べながら、夫が言った。
「いや〜、参っちゃったよ。
らっきょうってレンジで温めると凄いニオイがするもんだね。
しかも今日に限って電車が遅れてて、何も買わずに職場に直行しちゃってサ」
念のため、「おかずは〜?」と聞いたら
「温かいらっきょうも、なかなかオツなものだったヨ」だそうだ。


好んで「Hotらっきょう」を食したくなどないが
大事に食べようと思っていたものなだけに、私の方がよっぽど悲劇だ!と思った。