義母のつぶやきに思う

この頃、夫の母親が急激に弱ってきた(らしい)。
・・・といっても、御年 「傘寿」ゆえに
年相応の衰えも確実に迫ってきているのだろう。



肉体の老化は、誰しもが避けては通れないもの。
有限であるがゆえの哀しさなのだけれど
本音を言えば、それよりももっと寂しさを募らせるのは
「孤独な思い」なのだろうな…と思う。



私の周囲においても、いよいよ親の介護の話題がちらほらと出始めた。
あるいは、既にどちらかが「おひとり様」となり
元気な時はいいけれど…と、常に自分の家庭同様
実の親のことも無視出来ない状況になってきている。



私もその当事者のひとりだけれど
こうしたデリケートかつ深刻な問題に直面し
実際に頭を抱えている友人たちは多い。



昔と違って現代は、とにかく誰もが忙しいからね。
正直、自分たちの生活を守り
日常において自分がなすべきことをこなすだけで
ホントにホントに精一杯!・・・そして、手一杯だ。



ましてや、既に要介護の家族を抱えていれば
それに加えて義父母の面倒を・・・などというのは
とんでもないハナシである。



これ、正直な現状だ。



私の父はすっかり寝たきりになってしまったけれど
病院側の要請もあり、毎日決まった時間に母を車に乗せて病院に通っている。
動けなくてもちゃんと意識はあるので、見舞いついでにTVを点けて
その日のニュースなども話して聞かせたりしている。



ただ・・・病院って、ただ行くだけでも
何であんなに疲れを感じるところなんだろうね。



ましてや老人病棟ってちょっと特殊というか
仕事ならまだしも(←制服の威力ってヤツか…!?)
入院患者の家族として出入りしていると、なんかこう。。。
一種の吸い取りの様なものを感じてしまい
山の様な洗濯物を抱えて帰宅すると、もうそれだけで結構へとへとになる。



帰路は、運転していてもどこかボ〜っとする時があり
信号が青に変わっても、ボ〜っボ〜っボ〜っと抜け殻のようになっていて
後続車のドライバーたちは、結構イライラしてるんだろうな、って思う。



それでも全く一日も休まずに通い続けているので
まさに年中無休の24時間体制のサービスをしている様なものだ。



また、同時に介護している私たち家族の心の健康も守らねばならないので
病院の帰りには、時折、食材の買い出しにスーパーに立ち寄ったり
98円のソフトクリームを母と半分こして食べに行ったり
病院から「大判のバスタオルを買って来て下さい」と言われたついでに
地元御用達の「しまむら」に行ってみたり・・・
ちょっとした気分転換は、とっても大事!って思う。



母もすっかり年金暮らしなので、贅沢なんて全く出来ないけれど
それでも、2枚で300円のパンツ程度なら自力で買うことは出来る。



買うものの対象はともかく
自分のものを自分の目で見て選んで、自分で買える、というだけでも
精神衛生上、かなりストレスを吐き出せる行動なんだろうな。。。



考えてみれば、義母はそれが全く出来ない。
足腰の弱り方が半端なくひどく
あっという間に歩行に支障をきたすようになった。



いつの間にか、外出に際しても遠慮するようになったのか
家から出ることもなくなり、たまに買い物ついでに車に乗ったとて
ひとりでは「歩けない」とかで、駐車場に停められた車の中で
ひとりじっと待たされることが多くなったと言っていた。



週末だけは後継ぎの義兄一家と食事をしている様だが
普段の生活の中においては、思った様に手を貸してくれる人が
どうやら身近にいないらしい。



ま、ね。
孫たちはぞろぞろいても、それぞれに学校があるし
息子も嫁も平日は仕事がある。



今の世の中、子供たちに自分の面倒を見てもらおう…と期待しても
なかなか思うようにはならないのが現状であろう。
親たちも辛いだろうが、子供たちだってそれなりに辛いんだよね。



そうして、ついにつぶやく。



「いつもいつも自分ばかりのけものにされて
誰も自分のことを構ってくれる人がいない。
あ〜〜〜ぁ、早くお迎え来てほしい・・・」と
小さな細い声でたびたび義母が口にする(という)。



勿論、義父も健在であるが、毎日毎日朝から晩まで顔を合わせ
同じことを聞かされ続けていては、それもたまらん〜というのも
申し訳ないけど、わかる様な気がする。



義母の息子たちも、それぞれに休日を利用して親の顔を見に足を運んでいるが
嬉しい思いとは裏腹に、義母の口から出る言葉は愚痴と呟きがほとんどらしい。
心の中ではとっても喜んでいるのに、なんでそうなっちゃうのか…って
それはきっと当事者である本人が、一番良く理由を理解しているのだろう。



「全くもう!折角時間をとって会いに行っても、愚痴と文句しか言われないと
コッチだって気分が悪い!」と、夫も少〜し呟くようになってきた。



そうだね。
でも、こればっかりは仕方がないんだよね。
どっちの気持ちもわからないではないけれど
正直、誰にもどうすることも出来ない。



解決できるのは、しっかり自分と向き合う素直な気持ちだけ。
そして自分の思い通りになるように…という期待を
人に対して持たないことだろう。



また、同時に私の父や、時には母をもうらやましがっていた、とも言う。
(これは不思議なのだが
母の友人たちにも同じことをちょくちょく言われる)



「なんで?」って聞いたら
母は医療従事者として病院勤務が長かったし
私は大学で福祉を学び、介護を仕事としていた時期もあったので
たとえ寝たきりになったとて、父は恵まれている…と。



母はともかく、私は福祉を生業にしていたとて
本業は老人介護ではなく、聴覚障害の専攻だ。
資格取得のために「介護」も必須科目で履修しただけで、専門ではない。
・・・ぶっちゃけ、手話は少し理解するが
高齢者福祉に関しては、精々現場経験が3年くらいしかないのよね。。



福祉大学を出ていれば、何でもオールマイティ!なんていう風に見られていたら
これ、結構困っちゃうのよネ。。。



でも、傍から見れば福祉=介護のプロって見られちゃう事が多く
全くヤレヤレ・・・である。



今は自分の体のためにも無理はしていないだけで
「ついで」にやっていること←母を乗せて寄り道しながら帰ることが
よそ様からは羨ましく見えるのか〜と、何だか不思議に思ってしまった。



家が近けりゃね…って思うけど
いやいや、家が近かったら私の生活がなし崩しかも、と思ったり。。。



何が一番の「親孝行」なのか、と
私は今日もぼ〜〜〜っとしながら考えている。